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5月15日
那邑さんグズグズ節
前々回から記載しているように現在教室引退説明中である。
(プライベートレッスンや他の教室からのお誘いがあるので
仕事自体を完全に辞めるのではないが・・)
初回の反省や慣れから、もう少しサラッと説明できる様になった。
嬉しいのは(?)一緒に悲しんでくれたりしてくれるお母さんや子供がいる事。
曲りなりに努力が伝わったのかなって(涙)
ただ、ひとつだけうまくいかなかったクラスがあって、ある高学年クラスで
もともとは盛り上がっていたんだけど、昨年頃から子供の反抗期と私の未熟さが
うまく噛み合わなくなって泥沼になってたの~(しょんぼり)。
で、辞める旨を伝えなくちゃいけない日に限って、いつも以上に荒れちゃって
その流れの中で伝えたんで、「ラッキー!」とか「前の~先生の方が好きだった」とか
(ガビーン!!)言われてしまいました。
肯定的にとらえると、それも私を好きである事の裏返しかなあ~なんて思ってさ。
でも、やっぱり、そう言わせてしまった私の甘さ・未熟さは十分反省できるな。
惜しまれるばっかりで調子にのるより、いいのかもしれない。
どうであれ、私はその生徒達も好きだし、残りの日々に再度きちんと話して
次の先生に悪い影響を残さないようにせねば。
自分の言い訳じゃなくて、生徒の為になる事をして、去らなくては。
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5月12日
引き継ぐこと
6月の1週目で退職する旨を子供やお母さんに説明し始めた。
どう説明していったらいいのか、分からない。
急に決まった事でしかも新学期早々で裏切った気持ちもある。
とにかく日程が迫っているので早速説明を開始した。
一番最初に説明することになったのは新幼児クラス。
このクラスは教材のいらない親子参加のベビークラスから担当し、
私との相性も要因の一つで高い教材を買って4月からスタートした子達もいる。
最も伝いにくいクラスである。(でも順番上仕方ない)
お母さん達を教室に上がっていただき説明を開始したが、もともとドモリ症の上
プレッシャーと緊張で顔を強張らせながら、ずるずる長長と話してしまった。
それでも、「転勤なら仕方ないですよね」と納得して下さった。
しかも私の様子がとても強張って見えたのか、「そんなに気になさらないで下さい」
と軽くツッコンデいただいたほどである。
やれやれ、私は何事にも気持ちが入り過ぎる。
仕舞いには言わなくていいところまでヌケヌケと話してしまう。
う~む、私もまだまだだなあ。
次は中学生クラス。
ここは10年以上通っているベテラン揃い。先生交代も何度も経験している。
授業終了が夜遅い事もあって生徒だけに説明をした。(親にも説明できる年齢だ)
中学生とは子供ではなく大人でもない多感な年頃だ。
子供らしく悲しんでくれるし、
大人並に理解もできる。
「これからはお友達になってね。私30歳だけど」
「30歳の友達って微妙。でもお別れ会をしようよ。」
私自身は英語の指導者として、ようやく油がのってきたところ。
これからならもっと成果をつけさせられると思う。でもそれを言うと切がない。
私のゴールは教職ではない。他に夢のある人間が、営業を含め
教室をまるまる管理させるこの会社の方針についていくには無理がある。
それなら、それが夢の人に潔く託すのが誰のためにもなる。
子供やお母さんがどうのではなく、自分自身が納得できるよう
きちんと説明・引継ぎをしていこう。
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5月10日
幕の引き方と次のステージ
「突然ですが、那邑先生はXXX教室。引退します! 」(OO娘。風に)
う~む、何と言おう。
秋以降に夫に転勤の可能性がでてきたので、それまでにじっくりと
好条件の先生を探してもらおうと、早々に会社に伝えた。
するとその直後に条件の良い後任が見つかった。
それ故、Xデーまでもう1か月ないけど急に辞めなきゃいけない。
慕ってくれた生徒や親を裏切るようで辛い。
が、引き伸ばしても本当に辞めなきゃいけないときに先生が見つからない
ようでは、それこそ愛しい生徒や親に苦労をかける。
で、決断した。
今後、私はもっと絵や文章に力を入れるし、副業・人とかかわる手段として
英語を教える仕事も続けるのである。(すでに個人契約で
プライベートレッスンを始めてるし)
退社が決まった日、衝動的に本屋をめぐり画集・童話・絵本を
しこたま買いあさった。何とも言えず不思議で開放的だった。
調度自分が掘り下げるべき色彩・タッチ・表現方法に出会った
時分であった。
追伸・ 急な退社について夫に話したところ、少し考えて、
「調度良い時だね」と言った。相当理解のある夫に感謝である。
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3月14日
本日最後の投稿~こども英会話講師職~
明日にはインフルエンザ熱がぶり返しそうだなあ~。
数日投稿がお預けになるかもなので今日3つ目。
このネタは、この私本位なブログにコメントを入れて下さり、
まさにこのブログで知り合う事ができた、
アメリカ在住のkikiさんの就職活動の参考になればとのつもりで書きます。
(また、この職に興味があって調べてるうちにたまたま辿り着いた人へも)
今現在私がしている「こども英会話講師職」。
会社によって違いはありますが、資格基準は英検2級以上が多いです
(ちなみに私は英検準1級)。希望者のほとんどが留学経験者。
でも、あるレベルを満たしていれば、語学力より子供がなつきやすそうか?が
重要視されるようです(大抵、会社側が独自の学習法や教材を開発しており、
それに則る為)。また、私の会社もそうですが、仕事に営業も含まれるケースも
多く、営業力や生徒管理力の有無にも着目していそうです。
給料はどこも安いので講師料だけではキツイかなあと思います。それ故、
親達の「長く続けて欲しい」との希望とは裏腹に、1年程で変わって
(長い人は10年以上やってます)しまいます。
やりがいはいうと、子供嫌いでないならば十分にあります!
以前投稿した記事のようにうまくいかなくて落ち込む事もザラだけど、
私も含め、未出産の女性には子育ての練習にもなるかと。
だから、授業の苦労は楽しみや勉強であると私は思います。
それよりも厄介なのは、会社。結構多くの教育系企業(機関)は
果たすべき任務そっちのけで、マネーマネーに偏りがち。
講師は会社と生徒の板ばさみになる事も。
とはいえ、昨年の日経新聞に英会話の授業レベルUP合戦が熱い
とありました。都会ではもうマネーマネーでは成り立たなくなっている
ようです。早く全国的な流れになりますように!
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3月13日
幼児~児童向け病魔に冒され続ける女
インフルエンザ(B型)にかかってしまった。
授業後すぐの手洗い・うがい、と気を付けてたのに!
しかも生徒達の間で流行っていたのも、そろそろ終息か?
って安心してたのにぃ。
に、しても、この仕事(こども英会話講師)を始めてから、
毎年厄介な病に冒される。
今年のインフルエンザはそこまでは外聞が悪くないが、
1年目は『おたふく風邪』(首とアゴの境がなくなったのには驚いた)
2年目は『中耳炎』(強烈に痛くて内耳炎も伴った)
こちらとしてはとってもシンドイのだが、お母さんに説明すると
かならず笑いが伴うのだ!!
また、中耳炎に関しては大人もかかる種ではなく、
子供がかかる急性中耳炎だったので弁解の余地がない。
(急性中耳炎→鼻と耳を繋ぐ管が未発達で細い時にかかるが、
大人になるにつれて管は広がりかかりにくくなる。
つまり私の管は子供用だったって事!!)
はああ~、子供向けの病魔は大人としての威厳にかけても
もうかかりたくはないのである。