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こども英語・図工クラブ Jumping Kids

静岡県三島市のちょっと珍しい英語・図工クラブのブログ &子育て・アートなどなど

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過去のブログより 育ての親、アメリカのホストファミリー
1月4日

育ての親の生き様が遺伝する

私が情操教育型の英語&図工教室を始めたいのは
こんな経験からなんだ。
またまた私の身の上話を聞いてクレイ!
 
以前「さまへるたましひ2~自分探しの落とし穴」と題した
書き込みで少し触れたけど、高校時代の留学先の
2度目のホストファミリー(私のココロの育ての親)が
自分に子供がいるにもかかわらず、虐待されて親と離された
子供をひきとり、親が更生するか新たな親が見つかるまで
育てていたのね。で、その家族は結局10人の面倒を見、
最終的にはその内の一人を本当に養子にしてしまったというツワモノ。
 
そりゃ誰でも、虐待=哀れ=救ってあげたいと簡単に思えるが、
物心つく前から愛情の微塵も受けずに虐待を受けた子と言うのは、
『哀れ』では片付かないほど根の深い危険な面をもっていたりするの。
 
例えば、虐待により多重人格症になった子なんて、
昼間はいい子なのに、皆が寝静まる時間になると
「おまえらみんな殺してやる!」ってナイフを持って家中彷徨い歩くらしい。
また、多重人格症にはなってなくても虐待の中育った子にとっての
あたりまえの日常は暴力と喧嘩だから、常に誰かに暴力振るうか
喧嘩しないと落ち着かないらしい。
そんな子供達を受け入れ続けたのだから、その家族は凄まじい。
 
で、『何故、実の子供がいるのに、虐待児を受け入れるのか?』
不思議になって、その家族に聞いた事があるのね。
実は、旦那さん自身が虐待で育っていて、10代で家を飛び出し、
虐待児を育てているお宅に住まわせてもらっていたんだって。
だから、自分が家族を持ったら同じ事をするって決めていて
結婚する前からその旨を奥さんに伝えていたらしい。
(実際にやり抜いたからスゴイ)
 
ちなみに、その家族は10人の問題児を育てたと書いたが、
その内の一人は何を隠そう、この私。
私は虐待育ちではないものの、思春期に情緒乱れが酷くなり、
変だけど、それが理由でアメリカ留学が決まったんだ。
そんな状態だから、もちろん当初のホストファミリーからは追い出され、
行き場がなくなったところを、たまたま彼らの拾われたの。
 
日ごろ虐待児を育ててるから、簡単だったろうね~。
私なんて彼らと過ごして1~2か月で情緒の乱れが解消され、
毎月来るようになり、平穏な日々を取り戻したのさ。
 メンタルにより体にきていた不調もみるみる治った。
さて、そんな風にして人に救われた私も30歳となり、
その経験がさらに身に沁みるようになったの。
私も救われっぱなしじゃいけない。
幸い、私の外見は子供に親しみをもたれやすいみたい。
こーなったら、それを活かして社会に還元しちゃうからね。
 
育ての親の生き様が遺伝したのかな?
 
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